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呉友会(正直屋積立友の会)ー財務省の認可済み

呉友会とは正直屋が東海財務局(財務省)の前払い式証票の規則に基づく法律の許可を得た積立金方式の友の会です。
昭和50年に通産省から許可を得て初めた友の会組織ですが、平成8年からは正直屋単独で続けています。
呉友会(正直屋友の会)の積立の一例
一口5,000円を1年間積立していただきますと、60,000円。
その金額に10%の加算金(6,000円)が加わり、1年後には66,000円の買物をしていただける積立友の会です。
年に2回、東海財務局に報告、お客様にも残高をお知らせします。 積立は銀行、郵便局の自動引き落としができます。
詳しくは

鶴舞本店
0120-39-0529
和合店
0120-52983-1(愛知県内のみ)

あんしんサポート
『着物相談は正直屋で』

あんしん認定
クチコミ優秀賞
受賞の店
愛知 002-00
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有松絞り

絞り染めについて

絞り染め(しぼりぞめ)は布の一部を糸で縛る、縫い締める、折るなどして圧力をかけた状態で布を染めることで、圧力をかけた部分に染料が染み込まないようにすることで模様を作り出す、模様染めの技法の一つです。
歴史的に見ても世界で最も古い染色技法だといわれており、日本だけでなく世界各地で行われています。
世界で生産される絞りの中でも日本国内のものは特に技法の種類も多く、古くから愛用されていましたが、
現在では絞り染めの大きな産地は「京都」と名古屋市「有松」のみとなっています。

有松絞りの起源

江戸時代のはじめ有松地域は人家の無い荒地で、東海道を通る人々の治安に支障をきたしていました。
尾張藩は東海道の治安対策として608年(慶長13年)東海道沿いに新しい集落として有松を開きました。
しかし、有松地域は丘陵地帯で稲作には適さず、また鳴海宿までの距離が近く宿場としての発展も望めませんでした。
そこで有松に移り住んでいた住人の一人である竹田庄九朗が、1610年(慶長15年)から1614年(慶長19年)の名古屋城の築城(天下普請)のため集められた九州豊後の人々が着用していた絞り染めの衣装を見て、三河木綿に絞り染めを施した手ぬぐいを、街道を行きかう人々に土産として売るようになったのが始まりといわれています。
庄九郎が工夫を重ねて有松で最初に作り上げた絞り染めは「蜘蛛絞り」という技法で、蜘蛛の巣のような形の絞り染めで現在でも盛んに使われている高度な技法です。この有松絞りの手ぬぐいは旅人により「尾張有松に摩訶不思議なる染め物あり」と伝わり全国的に有名になりました。

その後、尾張藩二代目藩主徳川光友の保護を受け、藩の御用商人となり、5代将軍徳川綱吉公から特別の賞賛を賜り有松絞りの名声が高まりました、北斎や広重、国芳などの浮世絵に描かれ、俳人や歌人にも詠われ全国的にも絞り染めの産地として語られるようになりました。

絞りの技法

鹿の子絞り

染め上がった模様が子鹿の斑点に似ているところから名づけられました。 日本の絞りの中でも、きもの美を語るにふさわしい繊細で豪華な絞りです。

蜘蛛絞り

染め上がった模様が蜘蛛の巣状になるところから名づけられました。
下絵を描かずに、指先のカンのみでおこなう、熟練の絞り技法です。

三浦絞り

三浦玄忠という医者の妻がその技法を有松に伝えました。 染め上がった模様が鳥や貝の剥き身のような形の為、ひよこ絞り、鳥の子絞り、むきみ絞りとも呼ばれています。

手筋絞り

生地を細かくたたんでヒダをとり、幾十本かの筋目を立て、絞り上げて柄を出します。 この技法ととくに手先のカンに頼るため、熟練を要する難しいもののひとつです。

桶絞り

色を大きく染め分ける技法の一つ。染めない部分の生地を桶に詰め、染め分けする部分を桶の外に出して蓋を堅く締め、桶のまま染槽につけて染める、かなり高度な技術です。

縫い絞り

糸で生地を縫い、これを引き締めて柄を出します。 生地に絵刷りしてある線や輪郭にそって木綿針で運針し、締めた後は、結び玉を作って解けないようにします。

名古屋 友禅黒紋付共同組合連合会について

有松での絞り染めが盛んになるにつれ、周辺地域でも絞り染めが生産されだしましたが、
有松側が尾張藩に他地域の絞り染め生産の禁止を訴え、1781年(天明元年)尾張藩は有松絞りの保護のため
有松の業者に絞りの営業独占権を与えました。

独占権を得た有松は現在につながる豪壮な町並みが形作られ、その後も絞り染めに対する統制は強化されましたが、
幕末には凶作に苦しむ領民の生活扶助のため有松の独占権が解除されました。

明治に入ると鳴海、名古屋、大高などの周辺地域にも絞り染めを扱う業者が現れるようになり、
愛知県以外でも全国各地で絞り染めが生産され、東海道が交通の中心から外れたことも影響して有松絞りは衰退期を迎えました。

その後、何度も盛衰を繰り返し、特許の取得などの努力をへて、1975年(昭和50年)9月に愛知県内で初めて伝統工芸品に指定されました。 第一回国際絞り会議の開催(1992年(平成4年))と「ワールド絞りネットワーク」の設立、
新素材を用いた製品の開発や国外の見本市への出品など有松・鳴海絞り振興のための取り組みも行われています。